最高裁と言う偽善

2018年6月23日

最高裁と言う偽善

最高裁は良識の府と一般的には言われており、実際は看板は美辞麗句を並べ立てるが、実際は実質裁判しない裁判所で、本当に裁判されるのは100分の1以下である。

裁判制度を制定する権限は最高裁に有り、裁判員制度も最高裁が新たに導入した制度だ。最初は国民参加で裁判を改めよう。と言う機運だったが、1審で裁判員が定めた死刑判決を、最高裁が覆した。これにより、最高裁は国民の判断を尊重すると言っておきながら、実は、裁判官の苦労を国民にも知らしめるためのアトラクションでしか無い事が露呈する事と成り、今では60%以上の国民が、裁判員を辞退するという国民不在の制度となってしまっている。

争い事が発生するのは法の死角が有る事で、争い事が発生している事が多分に有るのだが、それを裁判官などは目にしておきながら、実質放置をし続け、被害者側も100%救済される事も無く、実質加害者側が、害を与える数が増えるだけ、加害者側に利益がもたらされるが、それを是正する法的仕組みは無い。裁判所として法律問題を判断出来るのは、最高裁だけだが裁判しないため99%がスルーであり得意技である。

どうしたら、この様な偽善を改められるだろうか?

まずは、最高裁の裁判官を全員否認し、国民が現状の裁判制度に不満が有る意思を示さない事には、何も始まらないと考えます。

今度行われるであろう衆議院選挙の時に、最高裁の裁判官全員に、×印を付けましょう。